Liebe und Schönheit

10年前に消えたと思ったら、あったのでした!

2028年前からここに日記かいてたんかー!

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自分が日記書いてたの忘れてたなー

改めて見返すと、社畜の日々、苦しかった日々、ここに吐露して耐えてたんだなー

はてなダイアリーが消失して、残念だったけどまあ、そんなもんなのかーって思ってたからね

たまに悔しかったけど、HPも簡単に消失したから諦めてはいた

でもなぜ復活してたん?

忙しくてなんにもわからなかった

 

人生の思い出とか全部消えちゃう運命だと思ってた

いずれ消えるんだけど、まだ残ってるのは嬉しいね☺️

はてなさんありがとう😭💕

 

昔の方がやはり文が面白いような気がする

今は少し枯れてしまったかもね

 

*本当は22年前からでした

宇野千代さんに助けられる

今朝、やもなく購読している某新聞をチラッと見たら、名字の言というコラムに、宇野千代さんのことが少し書かれていた。

あの人も、さらさら毎日書けたわけではないのだ!

そうか、いとも簡単にすばらしい本をたくさん書いたと思っていたが、とにかく、毎日机の前に一回は座ろう!と思って座ったんだそうな。

そうか、私も掃除と炊事の今日する分片付けて、その間にはイプーのパーシファルを聴いて優雅な気分になりつつ、洗濯物を干して、そして机に座るんだ!PCを立ち上げるんだ!とやって、

PC立ち上げたらメールが来てたのに気づき、メールのやり取りやらチャットの返信やらゲームの日課を少しこなして,あの公園の名前忘れた!ってなって写真を見返すのならついでにYouTubeも上げないと記憶がなくなる!という、なんか知らないけど、誰からも頼まれていない、期待されていない義務感により、良い編集ソフトをさがしたり、

そしたら、とうとう午前中の時間を使い果たしてしまった。

 

そのうちに、元夫(ex husband)が来る時間になった。

「てめえ,ぶっ殺すぞ!」がかつては口癖だった元夫、正真正銘の暴力と暴言といろいろ最低のDV元夫だったんだけど、私に「ででいけーー!」と暴力振るったので出て行って(2回目),私はすっかり気楽に幸せになったのだけど、やはり、、癌となると放っては置けないからね。

栗ご飯をもち米抜きで作って、大根おろしとシラスボシやアサリの味噌汁などの体に良さそうな昼食を振舞った。

彼も精進している。心を愛で満たすことを、自分への愛で。すごく未熟だけど、やろうとしている。

しかし、冷たい悪魔や重力の精やもっともなことをいう冷静な嫌味なやつに長年頭の中を支配され続けてきているので、すぐに愛は消えて不安と恐怖に押しつぶされるそうだ。

 

私は言った。100%じゃなくていいんだよ

健康になって好きなことをやってる自分を想像する割合が、ガンで非業の最後をとげるのを想像するのを上回ったら勝ちだよ!

51%になったら、大丈夫なんだよ!

 

みんなそうだ、私も、結構な割合でやられてしまっている。

来月にはお金が尽きる計算だ。

だから、貧乏なんていやだーーーと慈愛を持って自分に共感して、わたしは何にもわるくない、と肯定して、こどもの自分でだだをこねる のをやっている。

お金が天から降ってきて大金持ちとして生きている自分を想像するのをやっている。 

51パーセントそう思えたら、絶対そうなるんだ、

今まで何度もそういうことがあった、人は奇跡と言うけど、世界が心に反応するだけなんだよね

 

たまたまさっき宇野千代さんの番組をNHK ONEで見て、最後の方で宇野さんが同じようなことを言っていた。もしかしたら、心が世界を変えるのではないか、と。さすがだ。本当にすごい人はそれを知っているんだ。

 

はてなダイアリーは消えたと思ってた

はてなダイアリー、私が移行手続きを怠ったので、無くなっちゃったはずなのに、はてなブログに変わって存在していた。

びっくりだなー!

ありがたいというか、大事なメモリーみたいなのもあったので、まだ存在しててなんかホッとした。

何度見ても消えて何にもなかったから、あー消えたんだなーって思ってたよ

 

死んじゃったら記憶はみんな消えちゃうんだから、まあいいんだけどね。まだ15年は生きるつもりだから、過去の記録はやはり懐かしい。

 

今日はルーマニアの民族音楽を聴いた帰りに、持って行った栗おこわ🌰のおにぎりを食べて、ミニストップでソフトクリームを食べて帰ってきました。

その途中、この木なんの木?ってなって、桂かポプラかなと思ったら、ナンバンハゼ!という木らしい。

iPhoneの写真が教えてくれてた。

ブログを失ったはずなのに,なんであるの?

はてなブログ、アレ? 消えたんじゃなかっ?

なくなったよね?

なんであるのかな?????

はてなのバカって思ってたけど、ありがたいかも

ありがとうございます。

10年以上前のこと、記憶からもすっかり消えていたことが、また見れるなんて、ありがたい。

 

私はたぶん、あと15年したら死ぬだろうけど、それまで楽しめるわ

 

でも、なんで?今見えてるの?無くなったよね?これ

 

すごく忙しかったら、なすすべないし、なくなってもどうでもいいかなって思ってたけど、またみれるのはありがたい。

 

何が起こったかな?

素粒子がもつれた?

 

みなとみらい再訪

横浜に来たりて、シラーを再び想う。
そして、我が日記を思い出した。

2年ものブランク、奇跡的にログイン方法を思い出す。

赤レンガに行ったのは初めてだった。

港の見える丘公園に登ったのも初めてだった。

足が痛くなった。新品の靴を履いていから。スイスで歩き回るために今から慣らしておかないと、

山下公園から港の見える丘公園一体は、何を血迷ったか、薔薇が、これでもかというほど多数の薔薇が飾られており、美しくはあったか、コレは美学といえるのかは疑問だった。


一つの問題は、あまりに太陽の日差しが強くきつく、花を眺めるどころか人間の体が干からびていくのが気になる暑さだったと言う事。

あと一つは、花は植えられていたが、置かれているという方が近く、美しく繁茂してはいなかった。

そして
薔薇はしっかりトレリスやオベリスクに巻き付いてはいたが、薔薇の中に薔薇がひしめき、お互いの美しさを愛でる暇もなく、大勢の中に埋没してしまっているようだった

それに比べて我が家の薔薇のなんと可憐なことか! 主の留守にけなげに咲き香っていた。


今日もニーチェを想う

著作権に触れてしまっていたために、日記が非公開になっていた。
そんなメールが来ていたのに全く気づかなかった。
クソマリー ローランサンの詩など、正直私はそこまで好きじゃないから、歌詞を載せなくてもよかったのに…だから本文じゃなくて、コメント欄にオマケで書いただけなのに、クソ昔の詩なのに削除要請するなんて、頭がいかれてるんじゃないかな?って思うよ。だって、書いた本人は多くの人にその詩を見て欲しいと思ってるにちがいないから。…なんて不遜なことを言ってすみません。

YouTubeに載ったから、全世界で流行った歌もたくさんあるのに。
メタリカみたいに著作権にうるさい人達を私はアーチストとは思わない。ホントに価値のあるものは、YouTubeで見たって、ちゃんと正規のDVD買いますから!ネットと見たって、正規の本を買いますから!少しでもおこずかいがあればね。

そもそも何百年前の詩なら、著作権に触れないのか?それすら私にはわからない。すみません。他にも私は法を侵しているやもしれませぬ。
しかし、全く読者のいないブログなのに、削除要請するなんて、大変な労力だな〜

そして、久方ぶりに自分の日記を読んで、割と面白いなぁ〜と思ったのだ。自分の興味のあることを書いてるのでそれはそうだろう!別に変じゃないはず。

さて最近ニーチェについて考えたこと
ニーチェは哲学者として孤高の存在であったが、哲学的に生きる一人の人間としては、未熟だったんだよね〜って思うよ

ルー ザロメに求婚して振られるなんて、最悪カッコ悪い。
彼女に求婚したこと自体がカッコ悪い
ルー ザロメの本を読んだが、正直、どうしようもない内容に思えた。要は彼女は有名人好きなのでは?と。
ニーチェが振られたことがこのように世間にあからさまになったのはルーが言いふらしたからとしか思えない。
ニーチェは精神的には高みを目指していたが、恋愛については下に見ていた。魅力的な容姿と肉体美と自分の難解な言葉も理解できる知性と教養がある女性なら誰でもよかったのではないだろうか。だから、ニーチェも自業自得だね。
でも、やっぱりワタシは悔しいよ。アレだけカッコいい文章を残したフリードリッヒが愛を得ることなく発狂して失意のうちに人生を終えたことが。

だから、私はニーチェが夢に見ることさえできなかった、そんなモデルを想像だにできなかった愛の高みを目指したいと思う。
けど、されど、しかれども、私に愛が語れるだろうか?心に温かいものがある。それが愛だ!としか言えない。そして、愛は常に傷つく。愛するということは傷つくことを克服しないといけないのだ。愛についてはエーリッヒ フロムに聞けば良いの。フロムが言う愛は本物だと思う。愛とは意志の力である。と、これは愛の核心、愛の原点である。

とりあえず、本を引っ張り出してもうちょっとニーチェを読んで、もうちょっと彼を理解しよう。それが愛だね。

なぜ日記を公開するのだろう?という自問自答

パスワード忘れた時に見れない。
もしかしたら、世界のどこかに、私と同じ気持ちの人がいるかもしれない、その人が読んでくれるかもしれない…という淡い希望

幸せな母


娘たちは親孝行すぎる…

最高の結婚式を挙げてくれた。
なんとも幸せな笑顔につつまれた娘に見惚れつつ、幸せに浸る。

本当に美しかったなぁ〜
本当によかった〜
幸せにつつまれて。

帰り道、雪がヒラヒラと舞って来て、来し方と此れから行く彼方を想いつつ、幻想と現実の狭間を気持ちよく彷徨いながら歩いた。

想いは届くのだ!
どうしても幸せになってほしい!
と強烈に祈れば、必ず祈りは叶うのだ。
世界は本当に不思議。

多くの人に感謝の気持ちでいっぱい…